2019.12.20 結婚のすすめ #001 Takram コンテクストデザイナー 渡邉康太郎さん 手の中にある「月の埃」part01-出会い

渡邉康太郎さん
Takram コンテクストデザイナー / マネージングパートナー
慶應義塾大学SFC特別招聘教授

東京・ロンドン・ニューヨークを拠点にするデザイン・イノベーション・ファームTakramにて、事業開発から企業ブランディングまで幅広く手がける。「ひとつのデザインから多様なコンテクストが花開く」ことを目指し活動。主な仕事にISSEY MIYAKEの花と手紙のギフト「FLORIOGRAPHY」、一冊だけの書店「森岡書店」、日本経済新聞社やJ-WAVEのブランディングなど。慶應SFC卒業。在学中の起業や欧州での国費研修等を経てTakramの創業期に参加。趣味はお酒と香水の蒐集と茶道。茶名は仙康宗達。大日本茶道学会正教授。81.3FM J-WAVE 木曜日26:30-27:00の番組「TAKRAM RADIO」ナビゲーター。国内外のデザイン賞の受賞多数。また独iF Design Award、日本空間デザイン賞などの審査員を務める。最新著作の『コンテクストデザイン』は極力一般流通をさせず、トークイベントを行った書店・場所のみで販売を行なっている。 (聞き手:株式会社二重 代表取締役 吉岡芳明)

出会い

吉岡 まず最初に康太郎さんの目の前にある『iwaigami』の話をさせてください。このブランドをリリースした経緯を話すと、僕ら、日本人の多くがキリスト教徒ではないのに、なぜ教会で結婚式をやるんだろうと違和感を持っていて、しかもシステム化された現代の結婚式が今の人たちの価値観にマッチしていない部分があるなっと思ったところから始まりました。

そこから、はじめて日本で結婚式を行った『東京大神宮』の宮司さんに話を聞きに行ったり、伊勢神宮の近くにある『猿田彦神社』の神主さんの奥様にiwaigamiを見せたり、日本における結婚や結婚式の歴史を紐解く旅をしながら、日本人が大切にしてきたことを軸に、今の価値観に見合うブランドにしたいと思ってつくったのがiwaigamiです。

iwaigamiは600年以上も前に、室町時代に武家の礼法として制定された折形礼法という1つの礼法から着想を得ました。折形礼法というのは、『折る、包む、贈る』、そういった日本人が昔から大切にしてきた所作が定められています。iwaigamiは指輪と小冊と桐箱がセットになっていて、これがあれば、いつでもどこでも自由に式を挙げられますという使い方が軸になっていて、『もっともシンプルな結婚式』というコンセプトで発表しました。

吉岡 なぜ康太郎さんに結婚にまつわる話を聞こうと思ったかというと、実は(iwaigamiメンバーである)スマイルズ遠山さんとKIGIの2人が、康太郎さんと奥様の朝吹真理子さんが出会ったシーンにいたという縁があったからなんですよね。

渡邉 懐かしいですね。2015年の春、代官山ロータリークラブの卓話というイベントに、小説家の朝吹真理子さんが登壇することになっていました。僕は彼女の名前も知らず作品も読んだことがなかったので、イベント当日の昼休みに青山ブックセンターに文庫本を買いに行きました。仕事を終えて代官山ロータリークラブに向かう道すがらタクシー車内で『きことわ』という作品を読み始めたとき、どうやら芥川賞受賞作品らしいと知りました。

小説は貴子と永遠子という二人の女の子が、クルマの後部座席で昼寝をしていて、腕や脚が絡まり合う……といった場面から始まるんだけど、体がこんがらがっている描写だからなのか、文章もちょっとこんがらがっているように思えて、どうも読み進められない。3行目ぐらいまで読んで、よく分からずまた1行目から読むというループを繰り返してたら、代官山に着いてしまった。会場に着くと、その日の聞き手役であるはずのロフトワーク林千晶さんが海外出張中でいないということが明らかになりました(笑)。

朝吹さんは対談の経験は何度もあるけど、講演の経験はなかったとのこと。遠山さんたちから「康太郎、お願い」という感じで指名を受けたのだったか、自ら立候補したのか、今となっては覚えていませんが、「3行しか読んでないですけど、僕でよければ」と言ったら、本当に対談することになったんです。

彼女の話は不思議な話ばかりでした。例えば『宇治拾遺物語』の中で「放屁譚」が好きだという話。夜、やんごとなき身分の男性が女性とまぐわっていて、最中に突然女性が放屁してしまう。男性はショックで、夜の町を走って駆け抜け、「出家しよう」と思うのだけど、途中でふと「なんで俺が出家しなきゃいけないんだっけ」と思って物語が終わる……。そういう話がすごい好きですと。客席のみんなはポカーンとして、「この対談、なんだか不思議なことになってきたぞ」と。

他にも、小さい頃から石が大好きだったという話。普通は小学生はゲームのために走って家に帰るところを、彼女は石のために帰宅して、小石を口に含んで大事に舐めては、これがまだ熱いマグマだった頃のことを思い返していた。あとは彼女の友人が赤ちゃんにお乳をあげてるのを見て、うらやましくて「私も飲んでいい?」と乳房から都合3回お乳をもらったという話。3回とも、それぞれ味が違ったらしいんです。卵ボーロの味とか、みりんを飛ばしてない甘酒の味とか、ちょっとえぐみのあるコーンスープの味とか。母親が食べたものが味に直接影響を与えるので、その変化を感じた。

僕は面白い……というか興味深い話だと思って聞くのだけど、壇上と客席に乖離を感じてもいて、「このイベント、大丈夫かな」と思い始めました。でも本人が心地よく語ってくれているから、僕もいろいろ質問して、壇上は盛り上がってもいたんですね。今から思い返しても特殊な時間でした。

彼女はその場で印象的なことを言っていました。「書かれた言葉は、書かれなかった言葉の影」であると。ソクラテスの言葉に「書かれた言葉は語られた言葉の影である」がありますが、それと共振している。聞きながら、僕は書かれた文字の裏にある「声」や「書かれなかった言葉」に思いを馳せました。

他に「小説は音楽みたいなものなので、全部読んでほしいと必ずしも思っていない」という話もしていました。例えば喫茶店で心地よい音楽が流れてきたとき、ワンフレーズだけ耳にして好きだな、と思うような体験を、文章で届けたいと。冒頭から最後まで読んでほしいというよりも、パッと開いたページを読んでもらうだけでもいい。目に止まった一行に何か音楽のようなものを見出してくれたらいい。原稿を書くと必ず音読して、言葉の運びの耳当たりを確認してから脱稿するらしいんです。意味とか筋よりも、むしろ音が大事だということ。文学ってこういう形があり得るんだなと初めて知り、その潔さをすてきだと感じました。これが突然の対談の顛末です。

その後、少人数で打ち上げに行きました。「さっきの『音楽のように』とか『一行だけでも』という文学のあり方にびっくりしたんですが、もう少し教えてもらえますか」と尋ねたんです。そのときテーブルの上には生ビールのグラスがあって、水滴がたくさん付いていた。彼女はそれを指しながら、ビールグラスに付いた無数の汗みたいなものや、それがひとすじ滴り落ちることについて、何ページも描写するような小説が書けたら理想だということ、そしてストーリー展開やドラマを必ずしも中心に据えていないということを教えてくれたんです。

すてきだなと思いました。同時に、僕はアメリカの物理学者アラン・ライトマンが書いた短編を思い返しました。一瞬を永遠に引き延ばしたような美しい物理学的・化学的描写があって、その話をしました。「それ、ぜひ読んでみます」と。僕が「もうちょっとその短編の話をしていいですか」と言ったら、「私行かなきゃいけないんで、一分でお願いします」って(笑)。その本は実はすでに絶版だったんですが、その後ちゃんと探して読んでくれていました。

 

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